人生のユウウツ 人の不幸は蜜の味

シングルのユウウツ

最近思うのは、「人生いいことなんかない!」です。そんなことは決してないのですが、次から次へと起こる辛い出来事に、そう感じずにはいられません。やっと地獄のようなスケジュールの仕事から離れて、まともなスケジュールになったと安心したのも束の間、今度は賃貸契約トラブルという有様。もう、どうなっているのだ?と思います。

そして、私を苦しめた人たちが、幸せ一杯に生きているのを見ると、まるで彼らが私の幸運まで吸い取っていったのではないかと思うほどです🙄
彼らは自分が困っている時は「誰かが助けてくれて当たり前」、けれど、自分を助けてくれた人が困っていても「あなたなら自分でなんとかできるでしょ」と言う態度です。

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人の不幸は蜜の味

今回の賃貸トラブルも、それを耳にした途端に顔を輝かせて「やだぁ〜、それじゃダンボールの家に住まなきゃ」と言った人がいます。人の不幸は蜜の味なのかもしれませんが、他人が困っているのを楽しそうにするなんて、どうかしているとしか思えません。私が冗談半分に話していたならまだしも、「誰か相談できる人いないかな?」と真面目に話しているところでした。
しかも、彼女はそのあと、鼻歌なんか歌いながら楽しそうにしているのです🙄
「Hanaさんに近寄ると不幸が感染りそう」とまで言うので、私は心の中で「不幸が感染するなら、真っ先にアンタに感染してやる!」と思ってしまいました。

どこかで人生の帳尻は合う、と言いますが、一体どこで合うのだ?と思います。
私の周りには何故か「幸せな人」たちが集まってきます。同じように頑張っている人がいれば良いのですが、私の周りはキラキラと「普通の幸せ」に輝いている人ばかりで、そんな中にいると、自分がいかに孤独で貧乏かを思い知らされます。

ほとんどの人は、普通に良い人たちばかりなのですが、その中に困った人たちが数人。彼女たちの中には、平気で「Hanaちゃんを見てると自分が幸せだって思える。ありがとう」なんて言う人もいます。悪気なく言っているなら、かなーり始末に悪い天然さんです。
ここまでくると、私は「普通に生きている」だけで誰かを幸せにしているのだ、と前向きに考えるしかありません😅

自分の幸せは自分の中に

他人と比べて、自分が幸せかどうかを決めるなど、ナンセンスなことだとわかっています。人と比べたって幸せにはなれないし、何が幸せかは自分自身で決めることです。
私が欲しかった人生を、世間の人たちのほとんどは、当たり前のように持っています。「お手本通りの人生」を手に入れることができなかった私は、そんな人達を見て羨ましくなったり、自分が惨めな存在に感じてしまうこともあります。

私はもう、人生に多くのものを望んではいません。残りの人生を誰かと生きると言うことも諦めました。
私が望むのは、なんとか生きていけるだけの収入と仕事、歳をとったら豊かとは言えなくても心穏やかに過ごせることです。なのに、私の人生は次から次へと問題が起こり、それは理不尽と思えるようなことがほとんどです。

こんな問題をあといくつ乗り越えたら、穏やかに安心して暮らせるのだろう?と思います。

いつになったら、落ち着いて「自分の心地よいこと」や「幸せに感じること」を見つけられるのだろう?と。今のように、他人の幸せと自分とを比べる人生を、私は生きたくありません。

一人で生きる人生の覚悟

私は残りの人生を生きる間、最後まで孤独を感じながら生きるのだと覚悟をしています。周りを見れば幸せそうな家族やカップルばかりです。
今はまだ、一人で生きる選択をしなければならなかったことが、悲しくてたまらなくなることがあります。
それでもいつか、もう少ししたら、達観できるのかも、と思っています。自分の中に幸せの中心を見つけて、周りと比べず孤独と仲良くしながら穏やかに暮らせるかもしれない、とそんな希望を持っています。

今は日々の問題やストレスに振り回されて、周りの人と比べるばかりで、自分が既に持っている幸せに、気づいていないだけなのかもしれません。もう少し落ち着いて、目の前の霧が晴れたら、私が物事を見る違う方向を見つけられたら、今よりも心穏やかに過ごせるようになるのかもしれません。

自分を不幸だと思うよりも、幸せだと思って生きていたい。ただ、ただ、そう思います。

なんだか、まとまらない文章になっちゃったなぁ。まだまだ賃貸契約や仕事のことでストレス満載。しょうがないなぁ、と言う感じです。

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2019年10月21日シングル, 一人で生きる覚悟

Posted by Hana