一人で生きる覚悟 東京オリンピックと手放した未来への未練

マイライフ

海

私が二度目の離婚から立ち直って婚活を始めたのは、オリンピックの開催地が東京に決まった頃でした。当時の私は、残りの人生を一人で過ごすことを考えることができず、どうにかパートナーを見つけたいと思っていました。
今の私のように「一人で生きる覚悟」をすることなど、考えることもできなかった頃です。

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東京オリンピックの時には……、と言う期待

東京オリンピックが行われる時は、きっとパートナーと一緒で、一人でその年を迎えることになるとは思ってもいませんでした。
まだあと2年あるじゃない、と言われるかもしれませんが、もう婚活はしていませんし相手が見つかるとも思っていません。

けれど、東京オリンピックに向けて世間が盛り上がるにつれて、孤独を感じないと言えば嘘になります。東京オリンピックの話題を目にするたびに「あぁ、結局、私は一人で生きることになっちゃったね」と思うのです。

私は、特に東京オリンピックを観戦することに関心があるわけではありません。それどころか、無関心に近い方だと思います。オリンピック?わざわざ観戦しなくても結果をニュースで見ればいい、程度の関心度です。
冬季オリンピックは、好きなフィギュアスケートなどがあるので中継を見たりしますが、ウィンタースポーツ以外にはあまり関心がありません。

けれど、パートナーがいれば、一緒にオリンピックを楽しむことが出来るかもしれません。オリンピックいつ終わるの?なんて言っている私ではなく、パートナーとオリンピック気分を楽しんでいる(例えばリビングでパートナーとビールを飲みながらテレビ中継を楽しんでいる)、そんな風景を、私は心に思い描いていました。

手放した願いへの未練

オリンピック開催地が決まった時や、サッカーW杯の時など、国際カップルを取り上げたニュースを見かけました。それは、相手国の夫と日本人妻が登場し、結果の行方を互いの国を応援し合いながらも、楽しく過ごしている風景です。

私は、それを見ていると外国人の元夫や交際した相手を思い出して、なんとも言えない気持ちになります。失ったものや、諦めなければならなかったものを思い出して、「愛されなかった現実」を突きつけれている気がするからです。

未だに、そんな気持ちが時々起きるので、私が心から「おひとりさま」を楽しめるようになるのは、まだまだ先のようです。

きっと私は婚活をやめた今も「もしかしたら誰かと巡り会えるかも」なんて思っていて、まだ「ないものねだり」をしているのかもしれません。不毛な(私にとって)婚活を続けていた頃は、相手は見つかるはずだと根拠のない期待を持っていました。現実を見れば、バツ2で非正規雇用、アラフィフの私を選ぶ男性はいないでしょう。世間から見れば「問題のある人」以外の何者でもありません。

それは、婚活の結果が全てを語っています。

明るい未来を夢見て

日本でオリンピックが行われるのは、きっと私の人生の中では最後でしょう。一人で楽しもうと思えば、いくらでも楽しめますが、やっぱり私は「パートナーとその年を迎えたかった」と思ってしまいます。

一人で生きる覚悟をしたと言いながら、往生際の悪いことを言っている自分に我ながら呆れてしまいますが、そうやって少しずつ「一人の人生」を上手に生きることが出来るようになって行くと思います。

東京オリンピックが行われる2020年の夏、きっと私は「暑い、暑い」と言いながら、やっぱりオリンピックには感心を示さず、仕事をしているような気がします。もしかしたら、仕事が上手く行って一度はやめたバレエを再開できているかもしれません。念願が叶って、引っ越し、猫を迎えて一緒に過ごしているかもしれません。

オリンピックイヤー、私の中にある、小さな夢を少しでも叶えることができていたらいいな、と思います。

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