人生の「どん底」は人それぞれ 「幸せ」も人それぞれ

マイライフ

人生の「どん底」とか「波瀾万丈」というタイトルがついたテレビ番組や記事を見かけることがあります。そんなものを見たり読んだりするたびに、人によって「どん底」具合も「波瀾万丈」具合も随分と違うのだな、と思います。

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人生の「どん底」度合い

ある人が「あの時は人生のどん底だった」と語る再現ドラマは、私から見たら「えっ?これのどこがどん底なの?」と言うものだったりします。美容系の番組で、肌荒れが辛くて「人生のどん底でした」と語る主婦を見たときは、申し訳ないのだけれど笑ってしまいました。夫も子供もいて、家もあり、肌荒れのために高い化粧品を躊躇せずに買うことが出来る、それのどこが「人生のどん底」なの?と。
肌荒れで人生のどん底なんて、幸せな人だなぁ、とも思いました。だって肌荒れ以上の辛いことを知らないのですから。

番組の演出なのかも知れませんが、「どん底」はちょっと大げさじゃないの?と思いました。

「肌荒れ」で「人生どん底」はさておき、確かに、人によって「どん底」の感じ方は違うと思います。私から見ればささいなことでも、その人にとっては本当に深刻な悩みで、辛いのだと思います。それまで順調な人生を歩いてきた人にとっては、本当に「小さなこと」が大きな悩みになってしまいます。

辛いことの後に幸せは来るのか?

人生は公平ではない、と思います。

肌の悩みが「人生どん底」と感じる人と、望まない離婚で持っていたほとんどのものを失って「人生どん底」と感じる人。
何もかも手にして、愛する人に愛されて幸せな人生を過ごせる人と、ないないづくしで孤独な人生を送らなければならない人。

真面目に生きていても、幸せになれる保証はありません。嘘つきで人を平気で傷つけられるような人が、理想の相手を手に入れて幸せに暮らしているのです。

よく「悲しみの後には幸せが来る」とか「辛いことの後には幸せが来る」と言いますが、決してそうではないと思います。残念ながら「辛いことの後には、やっぱり辛いことしか来ない」こともあります。
何が幸せと定義するかによって違うと思いますが、「人生を一緒に生きるパートナー」が欲しかった私には、「辛いことのあとには辛いことが起きた」と言うしかありません。

婚活で出会った人の中で、半年ほど交際し良いと思った男性が2人いましが、1人は私以外の女性を選び、もう1人は独身で生きることを選びました。結局、私の気持ちは報われず、再度辛い思いをしただけでした。
もう、私の中に誰かを愛するエネルギーが残っているかどうかも分かりません。正直なところ、また誰かを愛するのは、とても難しいように感じます。

小さな幸せを数えて生きる

人生の「どん底」は人を強くしたり、人の痛みに寄り添うことが出来るようになったり、人間として成長できると言います。私がお世話になっている心療内科の医師も「辛いけど、そうやって人間としての深みが出来て行くんだよ」と励まして(?)くれますが、私は「人間としての深みより、幸せが欲しい……😅」なんて思ってしまいます。

「人生を一緒に生きるパートナーが欲しい」と思っていた私にとって、今の状況は「幸せ」とは言えません。どんなに働いても、生活がカツカツの収入しか得られない今の状況は、自分の思い描く「幸せな人生」とは違います。

けれど、私は本当に「不幸」なのか?と考えると、決してそうではありません。日々の中に、小さな幸せはたくさん隠れていたりします。
私は「持っていないもの」や「ないもの」ばかりにフォーカスを合わせて、自分を「不幸」にしてしまっているのだと思います。確かに、私は望むものを持っていないけれど、決して不幸ではありません。
住むところがあること、ご飯が毎日食べられること、仕事があること、趣味を楽しむ時間があること……、当たり前のことのように思えますが、これも「幸せ」な事ではないでしょうか?

ないものばかりを数えても、悲しくなるだけ。それならあるものを数えた方が幸せです。
「どん底」に近いところにいても、「幸せ」がないわけではありません。きっと「どん底」は、辛い出来事でまわりが曇ってしまっていて、小さな幸せが見えなくなっている状態だと思います。
小さな幸せを探して、それを辿って行くと、きっといつか「どん底」から浮上して、「自分の幸せ」が見つけられるのではないかと思います。私は、そう信じて行きていたいと思います✨

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シングル, 幸せ, 悩み

Posted by Hana