「変わり者」と言う”称号”

マイライフ

周りの人たちと少し違っていたりすると、何故かそれは「個性的」ではなく「変わり者」と呼ばれることが多いように思います。「個性的」ならばポジティブなイメージですが、「変わり者」はあまりポジティブなイメージではありません。
洋服やヘアスタイルは「個性的」と言われても、行動や生き方だと「変わり者」と言われる事の方が多いように感じます。

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個性的、ではなく変わり者

私の場合は、子供の頃からマイペースで「変わった子供」でした。私は同じ地区の同級生達にいじめられていましたが、「どこ吹く風」と言う風だったと母は言います。学校からの帰り道、仲間はずれにされて1人でも、道ばた摘んだ花を振り回しながら、大きな声で歌いながら帰ってきていたそうです。

私が子供の頃にいじめられたのは、「他の子供達」と同じことをしなかったからです。集団行動をしろと言われればそれに加わり「みんなと同じ」様に行動しましたが、それ以外は積極的に集団には加わりませんでした。トイレに集団で行くのも、親しくもない同級生の家にみんなで立ち寄るのも気が進まなかったからです。
そして、私は人と同じ物を持つのが嫌で、母に頼んで作ってもらったちょっと変わったサブバッグや服を身につけていました。それが周囲の人にとって「同じ仲間ではない」と思わせたのかも知れません。

楽園だった美術大学

高校を卒業した後、私は美術大学に進みました。芸術系大学は「変わり者」の集まりです。大きくは「リッチな学生」と「貧乏学生」に別れていましたが、どちらも所謂「変わり者」ばかりです。
すこし変わった服を着たくらいでは目立ちませんし、民族衣装を着て廊下で歌っていても、べつにそれは「変なこと」ではありませんでした。芸術系の大学では「変わっていてナンボ」だったのです。

私にとって、大学は楽園のような場所でした。学生の間は、そんな風に変わり者ばかりの中にいたので、それが普通のように感じていました。
けれど、大学を卒業し、社会に出ると「やっぱり自分は変わり者なんだ」と感じることになりました。子供時代と違っていたのは、「変わり者」でもいじめられることはなく、「彼女は美大卒だから変わっているよね」と容認されたことです。
私が最初に働いた会社は、一般企業のデザイン部門でした。同じ部署のメンバーは同じように美術系の学校を卒業した人ばかりで「変わり者が集まった場所」でした。そこにいる当事者達にとっては至って普通の日常でも、他の部署の人間から見ると「変な人が集まった部署」だったようです。
その後、ソフトウェアハウスに転職すると、芸術系とはまた少し違った雰囲気がありました。仕事さえきっちりすれば何をしていても何も言われないし、そこも「変な人」が普通の状態でした。

そして、男性も女性も「集団行動」を強制する人はいませんでした。その日に気が向いたメンバー同士でランチに行くこともありましたが、行かなくてもそれを咎められることもありませんし、その場にいない人の悪口が始まることもありませんでした。仕事の時は協力してプロジェクトを進めますし、仕事の合間にマニアックな話で盛り上がることもありました。
咎められることがあるとすれば、「仕事に必要な常識が欠けていたり」「努力を怠って仕事ができない」場合だったと思います。

その後も、IT系のベンチャーに勤務しながらフリーランスとして独立しましたが、いつの間にか私にとって「変わり者」と言う言葉は褒め言葉になっていました。「あなたは変わっているね」と言われると、何故か嬉しいのです。
「案外普通の人だね」なんて言われた日には、きっと、がっくりすると思います。
私にとって「変わり者」と言うのは"称号"なのです。

きっと私は、このまま年を取って「変わったおばあさん」になるような気がします。
「みなと同じ」でないことは良いことばかりではありませんが、今更「みなと同じ」になれるわけでもありません。そして、「みなと同じ」ことが正しいわけでもありません。私は残りの人生を「自分らしく」生きたいと思います。

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シングル, 幸せ

Posted by Hana