国際結婚から国際離婚(1) それでも私は幸せだった

離婚ストーリー


私が2度目の結婚をしたのは、40歳の時でした。友達だったオーストラリア人と結婚することになったのです。
私より一回り若い彼と結婚することになるとは、当時の私は思ってもいませんでした。それはまるで「降って湧いた」ような話でした。

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君を幸せにするためなら、何だってする

こんな年上の私と結婚しても、何年かしたら若い子がよくなって「逃げられるんじゃないか」と思って、最初は答えを濁していました。そして、そのことを相手に伝えると「結婚したら離婚はありえない。ずっと一緒にいる」と言います。

君を幸せにするためなら、何だってする、と。

そんな言葉を私は信じてしまいました。

当時、積極的に再婚したいと思っていたわけでもなく、むしろ一人の人生を覚悟していましたが、突然現れた「目の前の幸せ」に賭けたくなったのです。40歳だった私には「ラストチャンス」だと感じました。
外国人は、日本人ほど年齢差を気にしないと言いますし、実際に女性がかなり年上でうまく行っているカップルが身近にもいたこと、子供を望まないと言ったことが、私に結婚を決断させました。

それでも、私は幸せだった

結婚後は、相手の希望で日本に住み、夫は語学学校の教師の仕事につきました。私は、それまでやっていたフリーランスの仕事を続けていましたが、時間関係なく夜中も働き、クライアントから電話がかかってくることに夫が何度も文句を言うので、そのクライアントの仕事は次第に減らすことになり、収入は減りました。
そして、夫は日本語が殆ど理解できなかったので、何かとサポートが必要で私は思うように働くことはできませんでした。

生活費の負担も家事もほぼ私でしたが、仕事を始めたばかりの夫の収入はまだ多くはないので仕方ありませんでした。言葉も文化も違う国で働き生活するにはストレスもあるでしょう。自由に使えるお金も必要だと思い、家賃と光熱費の半分だけをもらっていました。

結婚して1年くらい経つと、彼は私にお金を払いたがらなくなりました。収入も随分増えていたにもかかわらず、私が生活費の半分を求めると、「僕のお金を盗った」と言いました。おそらく本人は冗談のつもりで言ったのでしょうが、お金を払うのは嫌だったのだと思います。

結婚前に、私が徹夜で仕事をしていると言った時、
「僕はお金には興味はない。稼いだお金は全部君にあげるから、そんなに働かなくていいよ」
と言っていたのは、何だったでしょう。

家事は殆どやらず、週末も私と過ごさず「オーストラリアの友達」と部屋にこもってチャットやゲームをすることも多々ありました。それでも「外国で暮らしているのだから、自国の友達と話したいよね」と彼のやりたいことを優先させていました。
食事も、自分の食べたいものよりも、彼の食べたいものや好みのものを作っていました。「日本」と言う外国で、少しでも快適に過ごして欲しかったのです。

今思えば、おかしな事だらけですが、それでも、あの頃、私は幸せだったのです。
もう、一人ではないと言うことや、一緒に映画やドラマを見る相手がいること、一緒に食事をする相手がいることがとても幸せだったのです。何よりも、相手から愛されていると信じていました。

もちろん「小さな不安」や「不満」はありましたが、大したことではないと思っていました。

そして、「その日」は結婚から3年経った10月初旬にやってきました。

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2017年9月4日離婚, 国際結婚, 国際離婚

Posted by Hana