「幸せの物差し」は自分基準 でも、人の幸せがうらやましい

シングルの幸せ


自分が幸せかどうかを考える時、ほとんどの人は他の人と比べて考える方が多いのではないでしょうか?
私もそんな時が多いです。幸せな結婚をしている人や恋人がいる人、仕事が上手くいっている人、毎年海外旅行を楽しんでいる人をうらやましいと思います。そして彼女達が持っているものを、何ひとつ持っていない自分がとても惨めで、悲しくなってしまいます。

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心は小さな良い出来事よりも、悪い事に向きがち

日々の生活の中で良い出来事は、結構あると思います。たとえば、歩道の脇に咲いている花がきれいだと思った事、アパートの近くで出会った野良猫が可愛かった事、職場でおいしいアイスクリームを貰った事、楽しみにしていた海外ドラマを見た事……。

それなのに、友人が海外旅行に出かける事がうらやましくて、離婚してから国内旅行に行く余裕すらない自分をとても不幸だと感じてしまいます。夫の自慢話をする知人に対して「私がパートナーがいなくて寂しい事を知っているのに、なぜいつも夫の自慢話をするんだろう」とネガティブな感情を持ってしまったり。

日常の中に、良い出来事はあるのに、心はどうしてもネガティブな出来事の方にフォーカスを合わせて、小さな幸せをかき消してしまいがちです。

幸せの物差しは自分を基準に

私は低収入です。けれど、月に一度、節約したお金でおいしいケーキを買います。そうして買って食べたケーキはとても美味しいし、幸せな気分になります。

普段からおいしいケーキを躊躇いなく買える人にとっては、「そこまでしないとケーキ買えないなんて可哀想」と思うかも知れません。けれど、私はそうして買ったケーキを食べるのはとても幸せです。きっと、同じケーキを食べても、私は他の人の何倍も幸せな気持ちを感じているはずです。

ところが、その幸せは「節約しないとケーキも買えない」という、全く逆の考え方も出来ます。

「幸せの物差し」を自分基準にすれば、月に一度のケーキは幸せです。
「幸せの物差し」の基準を他人に変えると、人と比べて幸せではなくなります。

「幸せの物差し」を自分基準にする。この考え方を常に保つのは、正直、難しいです。どうしても他人と比べてしまいます。そして、他人も私と比べて「あなたに比べれば私は恵まれているよね。夫も子供もいて家もあるし」と言うような言葉を言う人もいます。そんな言葉を投げかけられると、どうしても惨めな気持ちになってしまいます。

そして、世間のほとんどはカップルや家族で、外に出かければ「幸せな風景」をいくらでも見かけます。メディアでも、存在するのは「若者」と「家族」と「カップル」で、中高年のシングルは存在しないかのように扱われているように感じます。
そんな風に、世の中には、私が孤独や不安、惨めさを感じる要素があふれています。

それでも、私は「自分の物差し」で幸せを考えるように努力しています。
同じ人生を生きるなら、すこしでも幸せに気分よく過ごせるようになりたいからです。この先、私がパートナーを得られる事は、宝くじに当たるよりも確率は低いでしょう。

だからと言って、孤独や不安に押しつぶされてネガティブな気持ちで1日を過ごすよりも、自分の中の小さな幸せを集めて生きたいのです。一度きりの人生、そしてもう老後が見えてきた年齢です。

同じ1日を生きるなら、少しでも気分よく。
そう思います。

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シングル, 幸せ

Posted by Hana