希望と絶望 周りのネガティブワードに負けずに生きる

マイライフ

私に離婚歴がある事やシングルである事、そして若くない事を理由に、色々なネガティブワードを周りから受ける事があります。何かを始めようと思っても、それを口にしたとたん「そんなの無理だよ」と言うのです。
その理由は年齢だったり、彼女達の言う「常識」だったりします。いわゆる、結婚し家庭を持つと言う「普通の人生」を生きている人達にとって、私の経歴や年齢は、何かを諦める理由としては十分なものなのかも知れません。「2度も離婚しているんだし、もう若くないんだから」と言う言葉を、私は彼女達から、何度聞いたでしょうか。

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何でもかんでも否定する人

いつだったか、職場の同僚が、ある資格を取ろうと勉強していました。がんばっているなぁ、と思いながら「私も何かの資格を取ろうかと考えてるところ」と言うと、別の人が「え〜、そんなの今更、無理無理、無駄だよ」と笑ったのです。
私の隣では、私と同じ年齢の女性が資格取得のために勉強をしているのに、です。確かに、私が取ろうと思っている資格と、彼女の取ろうとしている資格は異なるものです。

けれど、今までの経験を生かせる資格と言う点では、彼女も私も同じで、その資格を持っていれば、今よりも待遇の良い仕事ができます。スキルアップしたいと言う思いは、同僚も私も同じはずです。けれど、一方は「頑張れ」と応援され、一方は「今更、何か資格を、なんて無理」と笑われるのです。

まったくもって腑に落ちません😑

彼女と私の違いは、彼女は既婚者、私はバツ付きのシングルというところでしょうか。私に対してネガティブな言葉を投げかける人達にとって、私は「人生終わっちゃってる人」なのかも知れません。(実際にそう言われた事もあります……😅)だから、そんな「終わっちゃってる人」は何をしても無駄、と思っているのでしょう。

彼女は、私が「老後を一緒に過ごす相手が欲しいなぁ」と言えば「今更、そんな人見つからないよ」と言い、「お見合いする」と言えば「上手くいかないんじゃない?」と言った事もあります。酷い時には「再婚しても、二度ある事は三度あるって言うから、また離婚じゃない?」と言われました。

仕事でも然り。新しい仕事の計画をうっかり話そうものなら「そんなの上手くいくはずない」と言います。コツコツと努力すれば結果が出せる事であっても、「上手くいくはずがない」と断言出来るのは何故なのか謎です。私の人生は「貧乏で孤独」であるべきだと言われているようで、悔しくなった私は「絶対に人生を変えてみせる」と思ってしまいます。

最近は、他人に自分のプライベートな事(笑いのネタ以外)は話さないので、この類いのネガティブワードを受ける事は少なくなりましたが……。

年齢を理由に何かを諦める必要はない

私は、何かやりたい事を、年齢を理由に諦める必要はないと思っています。もちろん年齢制限が設けられていて挑戦出来ない事もありますが、そうでないものは、誰かに大きな迷惑をかけない限り「やりたいと思った時が始める時」だと思っています。

婚活を放棄したアンタが何言ってるの?

と言われそうですが、婚活はやってみた結果、諦めたので「何もせずに諦めた」わけではありません。この先、何年かたって、もしまた「婚活する気」になったらするかも知れません。(多分、ない……、かな?)

私は「やらずに後悔する」ことをしたくありません。婚活のようにやってみたけどダメだった場合は「頑張ったんだからしょうがない」と納得もできます。
大学に入り直して勉強する事や、楽器を習ったり踊りを習う事、語学を勉強する事も、何かの資格に挑戦する事も、それが出来る時間と経済力があればやりたいと思っています。

もう、年だから

そんなふうに、やりたいと思う事を諦めたくありません。
いくつになっても、夢や目標があるのは良い事です。それがないと、生きて行くのはとてもつまらないし、辛いと感じます。私は経済的な理由で、諦めなければならない事も多くありますが、何かひとつでも小さな目標や夢を失わずに生きたいと思っています。私は、その小さな目標や夢を叶えるために、毎日を頑張って生きています。

でも、希望を持って生きるのは難しい

辛い状況の人を力づける言葉として「希望を持って生きなさい」と言う言葉が、しばしば使われます。私はその言葉を簡単に使える人は「人生のどん底」を知らないのだな、と思います。

「人が何故、絶望するのか?」と言う問いに彼らは、どう答えるのでしょう。

絶望は「希望が持てないから絶望」するのです。
「絶望」と言うのは、本当に真っ暗闇です。そこに「光」はありません。「希望」を持ちたいのに、それをどこにも見つけられなくて辛く苦しいのに、「希望を持って生きなさい」なんて言われても、なんの慰めにもなりません。

じゃあ、「絶望した気分」の時にどうすればよいのでしょう。私は、そんな時「今日1日、何とか生きた。だから、もう1日だけ頑張ろう」と思うようにしています。絶望的な気分で、1日頑張って生きた自分を褒めて(たとえその1日をグズグズと過ごしたとしても)、もう1日頑張ってみよう、と考えるのです。

離婚したあと、小さな目標も夢も持てず、薬を飲みながら仕事に行っていた頃、私はそうやって過ごしていました。仕事をしなくても食っていけるなら、何もせずに1日中眠っていたい、そんなふうに思っていた頃です。
私は、「仕事をしなければ食っていけない」状況が、自分を救ったと、今は思います。「何とか食べていかなければ」ということが、毎日を生きる目標になっていたと思います。

残りの人生の方が少なくなった今、私は自分がやりたい事を、挑戦もせずに諦めたくありません。周りの人が無理だと笑ってもそれに負けたくありません。小さな夢や目標を失わずに生きる事が、「希望を持って人生を生きられる」ことにつながると思うからです。

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シングル, 人生

Posted by Hana