若さが売り物 「パパ活」と「港区女子」

雑感

先日、初めて「港区女子」という言葉を聞きました。最近の日本は「○○女子」や「○○娘」と言う言葉が大好きなんだな、と思いました。そして、それは何とも軽〜い響きです。
「女子会」という言葉が出回り始めた頃、大人の女性に対して「女子」というい言葉を使う事に違和感を感じ、同世代の女性が自分の事を「女子」と言ったり「女子会」と言うことにも抵抗を感じましたが、最近では慣れてしまったのか、あまり気にならなくなりました。

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バブルより始末に悪い?「港区女子」

さて、今回初めて耳にした「港区女子」、何の事かと思ったら、港区でキラキラとした日常を過ごしている女性達の事なのだそうです。

港区に住んでいるなら、それなりに稼いでいるんだろうし、自分のお金で遊ぶならいいんでないの?

……と思っていたら、どうやらそうではく、彼女達の多くは港区には住んでおらず、お金持ち男性のお財布で遊んでいる女性達の事を指すとのこと。朝のテレビ番組で放送されていたそうで、お金を出してくれるおじさんのことを「歩くお財布」だとか「500mの移動もリムジン」と言っていたとか……。

自分のお財布は使わずに、男性のお財布を使って豪遊するなんて、なんだか、バブルを彷彿させる人達です。

高級な店で、高級な食事やワインを楽しみ、帰りはタクシー代と言う名目でお小遣いまで貰う人もいるとか……。若さと美貌があればそれも出来るのでしょう。

1度や2度は楽しいでしょうが、他人の経済力をアテにして贅沢な時間を過ごす事に抵抗は感じないのでしょうか?
自分で稼いだお金で遊ぶなら、最高の気分だと思うのですが、人のお金で贅沢するなんて「タカってる気分」にならないのでしょうか?

正直なところ、「港区女子」の類いの女性を見ると情けない気分になってしまいます。自身にも十分な稼ぎとキャリアがあって、本来「男性に頼らなくとも豪遊出来る」女性は別として、若さを武器に男性のお財布で派手に遊ぶことが日常だなんて、虚しくならないのでしょうか?

お財布になる男性は、独身者とは限らず既婚者も多いようです。お金持ちの既婚男性のお財布で豪遊していては、「お金持ちの独身男性」と出会って結婚なんて事も難しいでしょう。独身男性もいるでしょうが、「港区女子」にお金を使う独身の男性が、結婚相手として良いとは思えません。
そもそも、まっとうな賢い男性ならば浮ついた「港区女子」を結婚相手には選ばないように思います。

「パパ活」と「港区女子」

「港区女子」の中には、「パパ活」なるものをする人も少なくないようです。「パパ活」は経済的援助をしてくれる男性を見つける事だそうです。
なんだか、「援助交際」や「愛人」を正当化したような「パパ活」ですが、「パパ活」は経済的援助を受けるけど身体の関係を持たないことだと言います。

「若くて可愛い私が、一緒に食事してあげるから、お金をちょうだい」と言うことでしょう。
「ギャラ飲み」と言うそうです。

ぶっちゃけ、正当化している分、愛人より始末に悪いと思いました。

なんだか、世も末な感じです。

彼女達は、まるでビジネスのように「パパ活」をし、複数の「パパ」を確保してお給料の何倍もの金額を、パパ達から貰っている女性もいると言うので驚きです。

若さはいつか終わる

どこかで「可愛いは正義、可愛い事はお金になる」と書いてあるのを見た事がありますが、正にそう言う事でしょう。
日本では、「若さ」と「可愛さ」が重要な女性の価値だとされているから、こんな歪んだ「ビジネス」が生まれるのではないかと思います。女性は男性に経済力を求め、男性は女性に若さを求めるということで、「需要と供給」のバランスが取れているのかも知れませんが、まっとうなこととは思えません。

そして、若さは期間限定です。若さが無くなったとき、彼女達は、果たしてまともに働く事が出来るのでしょうか?若い間に、「パパ活」をして遊んで暮らせるお金を貯めるつもりなのでしょうか?

贅沢とお金目当てに「パパ活」する女性も、若い女性に「タカられ」て自尊心を満たしている男性も、私には理解不能です。「港区女子」って、はっきり言えば「タカリ女子」じゃないと?とすら思ってしまいます。

一部のメディアで「港区女子」がキラキラと憧れの対象のように、「パパ活」が普通の事のように取り上げられているのも「正気ではない」と感じます。

若さはいつか終わります。今は武器になっている若さが無くなったとき、世間は驚くほど冷たくなります。若い女性にとって、こんな言葉は「貧乏なオバさんの負け惜しみ」と聞こえるでしょうが、残念ながら、それが現実です。

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若さ, 港区女子, パパ活

Posted by Hana