一人で生きる覚悟 それを決意させた言葉

マイライフ

光の中の女性

一人で生きる覚悟をしようと決めてから、1年ほど経ちました。その覚悟はだんだんと固まっていて、今はもう誰かと生きる未来を思い描くことは殆どありません。
そんな覚悟が固まった理由の一つが、ある男性の言葉です。そして、正直、男性にはもううんざり、という気分なのです。それは「男性を見る目のない自分にうんざり」なのかもしれません😅

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もう、男性にはうんざりという思い

私が一人で生きる覚悟を決めた理由の一つに、ある男性の発言がありました。彼は、婚活で知り合いしばらくお付き合いをした相手でした。その問題は、いざ親密な関係になろうという時に発生しました。
あまりに久しぶりなせいか、お年頃近く(プレ更年期?)のせいか、私が彼を受け入れることができなかったのです。それはそれは痛くて、まるでヴァージンだったころを思い起こさせました。

彼は、痛いという私に強制はしませんでしたが、その後の彼の言葉が今も忘れられません。

「セクシャルな関係を築けないなら、誰かと結婚しようなんて考えは捨てたほうがいいよ」

彼は私の痛みの原因を更年期と決めつけ「子供も産めず男性の要求に応えられないなら女性ではない」とまで言うのです。
世のすべての男性がそうではないと思いますが、結局のところ男性は「下半身の事情」が一番大事なのか、と思いました。と、同時に「やっぱり、私は男性を見る目がないなぁ」と呆れるばかり。

けれど、それ以来、私は「もう私には結婚をしたいと思う資格はない」と刷り込まれてしまった気がします。

もしも、誰か良い人と出会っても「結局、下半身の事情で振られるならもういいや」と思ってしまうのです。誰かを愛しても、それは無駄なこと、傷つくのはもうたくさん、と。

何と言っても、もう自分の男性を見る目に自信がありません😱

もう傷つきたくない、と言う思い

私は、もし相手の男性に問題があって「できない」と言われても、それがそれほど大きな問題だとは思いません。若い世代なら重要なことかもしれませんが、もう子供をもてる年齢でもありませんし、それだけが愛情を表現する全てではないと思うからです。

お互いを思いやり合いながら暮らし、一緒の時間を過ごし、寄り添って眠るだけでも、私は十分だと思います。
長年連れ添った夫婦ならば、そんなふうに穏やかに過ごすことも出来るのかもしれませんが、いくら年を取っても、これから結婚しようと思う男性にとって、やはりセクシャルな関係は重要なことなのでしょう。

男性も同じように年をとります。けれど、女性ばかりが年をとることに対して色々と言われます。年を取った男性に「価値がない」と言う言葉はあまり耳にしませんが、女性に対しては「若くなければ価値がない」と言って憚りません。

私は、もう男性から「女性としての価値」をジャッジされるのはたくさんです。
結果の出ないことにパワーと時間を使うよりも、心穏やかに一人で生きられる方法を探した方がずっと良いように感じます。

私が一人で生きる覚悟に至ったのは、決して前向きな理由ではないでしょう。けれど、今はそのおかげで随分と心が楽になったように思います。街中で、仲の良いカップルや家族連れを見かけても、以前のように辛い気持ちになることもありません。

私が手放した大きなものは「パートナーと生きる未来」だったかもしれません。人生で一番欲しくて手に入らなかったものです。けれど、手に入らないものを手に入れようと生きるのほど辛いことはありません。

いつか、人生の終わりはやってきます。手に入らないものを欲しがりながら生きていても、それを諦めて生きても、人生は一度きり。それなら、少しでも楽しい人生にしたい、残りの人生を後悔しないように生きたい、そう思います。

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