世の中が「不公正」 努力が報われない格差社会

困った人たち

15年ほど前でしょうか?街頭の柱に『世の中が不公正』と太めのマジックで手書きされたハガキほどの大きさの紙が貼られていました。

「不公平」じゃなくて「不公正」か、と当時は面白く感じましたが、今はしみじみと「本当に世の中、不公正だ」と感じます。

「公平」と「公正」は似たような言葉ですが

公平:全てにおいてかたよりなく、同じ様に扱うこと
公正:全てにおいてかたよりなく、正しく扱うこと

で意味合いは異なります。

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カネと特権、コネがなければ、なかなか努力が報われない世の中

同じように努力しても、持って生まれた家の経済力や特権のあるものが優遇され、それを持たない者の努力が報われないのは、「不公平」ではなく「不公正」と言う言葉がぴったりだと感じます。

真面目に努力し、働き、納税したところで、特権階級が贅沢するために湯水のように税金を使われてしまいます。

政治家を含め特権階級は、私欲を満たすために税金をじゃぶじゃぶ使い、都合が悪くなると病気になったり入院したり。うんざりします。

具体的なことは自粛しますが、病気を盾に国民の口を塞ぐようにしていると感じることもあります。だから、黙っていろと?文句を言うなと?

あまりにもやり方があからさまで、嫌悪感しか感じません。

宮内庁、完全に火に油を注いだな……と。(あっ、書いちゃった!)

……問題ありの男と結婚し離婚した私には、彼女が真っ黒なハリケーンに突っ込む小鳥のようで「まだ間に合う。あの男はやめておけ」と思えてなりません。

『親ガチャ』という言葉に感じる格差社会

若者達の間で『親ガチャ』と言う言葉が使われているそうです。「親を選んで生まれることが出来ない」と言う意味で「当たり」「ハズレ」とか言われるそうです。

きっと軽い気持ちで言っているのだと思いますが、私はその裏に、若者たちの「絶望感」のようなものを感じます。

「上手くいかないことを他人のせいにしているだけ」とも思えますが、結局、親の経済力などが人生に大きく影響する世の中で「努力しても報われない」格差社会が問題ではないかと思います。

「どうせ勉強したって大学に行くお金ないから」と言う子供たちは決して少なくありません。

若者が夢を持てない世の中が、健全と言えるのでしょうか?私は、とても悲しいことだと思います。

「貧乏は自業自得」なのか?

裕福な親のもとに生まれて、希望する学校に行って勉強し、目標を達成したいわゆる「成功者」という人たちの中には「貧乏なのは努力が足りない」とか「稼げないのは能力がないから」という人がいます。

「貧乏は自業自得、自己責任」

果たして本当にそうなのでしょうか?

「努力が足りない・能力が足りない」と言う「成功者」は自分の努力と実力だけで、その地位を得られたのでしょうか?

「裕福な親のもとに生まれた」「特権階級の親のもとに生まれた」という「運」が大きく影響していたのではないでしょうか?

人生に努力は必要で、努力なしには達成できないことが殆どです。けれど、努力だけではどうにもならないのも人生です。

そして、そこに「運」がなければ、その努力が報われないことも多くあります。

同じ能力の人たちがいたとして、成功できるのは運に恵まれた方です。

富裕層・特権階級に集まる「幸運」

たとえば、能力も容姿も同じくらいの二人があるアイデアについて話しています。親が経営者でお金持ちのAさんと、中小企業勤務で年収500万の親を持つBさんです。

二人は大学生で、都内の一等地に家があるAさんは親が学費を払い、海外留学の予定もあります。学生生活を満喫できるに十分なお小遣いも貰っています。一方、地方出身で一人暮らしのBさんは奨学金とバイトで、学費と生活費を賄っています。

BさんがAさんにあるアイデアを話しました。Aさんはそのアイデアに対して「いいビジネスになるよ」と言いましたが、それを実現するにはお金がかかります。Bさんはコツコツと努力してそれを実現しようとしました。

Aさんは、そのアイデアを経営者の親に話しました。すると親が「成功するアイデアだ」と、それに必要な高価な機材と環境を与えました。さらに、そのアイデアをビジネスとしてブラッシュアップする専門家もつけて、Aさんは、あっという間にそれをビジネスとして実現しました。

時代を先取りするビジネスモデルとしてメディアにも紹介されAさんは『大学生で起業し大成功した若手経営者』となりました。

Bさんは「ビジネスとして展開したのはAさんだけど、もとは私のアイデアだった。親のお金と力でズルイよな」と、悔しく理不尽な気持ちになるばかりです。

二人の決定的な違いは、親のステイタスです。同じような親だったら二人とも成功したかもしれません。もしくは「アイデアを気に入ったAさんがBさんと一緒に起業する」と言う運に恵まれていたら、AさんとBさん二人で成功したかもしれません。

けれど、Aさんは運に恵まれ、Bさんは運に恵まれなかった。

全てのことがそうだとは言えませんが、どんなに努力しても「運」に恵まれなければ、その努力は報われません。その「運」も残念ながら公平にやってくるわけではありません。どちらかというとカネと権力のあるところに集まりがちだと感じます。

30代の頃、私はBさんと似たような経験をしました。「金持ちの親」というカードを持たない私は当時、随分と悔しい思いをし、アイデアを見事にパクった相手を恨みました。
相手は私のアイデアをパクったことを正当化しただけではなく「あなたのアイデアだって証拠があるの?そんなのあなたに実現する能力がなかっただけじゃない」と見下しました。

まったくもって「不公正」で「不公平」な出来事です。

「運」と「実力」

そして、一番の問題はお金持ちの家に生まれた本人が、それを「自分の実力」だと思って、そうでない人間を見下し馬鹿にすることです。

また彼らは「自分がいかに恵まれているか」と言うことにも気づきません。水道の蛇口をひねれば水が出るのが当たり前と思うくらい「お金は湧いてくるもの」なんて思っています。

「お金なんてなんとかなるでしょ」とは、お金に苦労したことがない人が言える言葉です。

いやいや、自分たちは必死で勉強した。寝る間も惜しんで勉強した。だからこれは実力だ。

と言う人もいます。

それは間違いなく、本人の努力の結果です。でも、あなた達は学費や生活費の心配もせず、バイトもせずに勉強だけに集中できる環境があったからでしょう?と聞きたくなります。

学費や生活の心配もなく、十分な時間があったのに遊んでいて勉強しなかった人は「努力不足」や同じように勉強したのにダメだった人は「能力不足」(またはその分野に不向きだった)ですが、勉強だけに集中できない環境にあった人にも同じことが言えるのでしょうか?

特権階級や富裕層の人たちは、一般庶民とはスタート地点が違うのです。

世の中、「公平」にはならないでしょう。

けれど、もう少し努力が報われる世の中になってほしいです。一部の特権階級と富裕層の不正が罷り通ったり、彼らが周囲を見下すような事はあってはならないことだと思います。

不正は何人たりとも「公正」に裁かれるべきです。そこにカネや権力の介入があってはなりません。

殆どの人は、色々のな環境や事情の中で、頑張って生きています。真面目に生きている人の努力が報われる、そして若者が夢を抱きそれに向かって努力することができる世の中であってほしいと思います。

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Posted by Hana