風習? 葬儀の親族代表は男性じゃなきゃダメなの?

マイライフ

モノクロの猫

母がいなくなってから、ずっとお天気が悪いせいか、気圧連動型(?)の私の気分も下がるばかりです😅
気持ちよく晴れてくれると、少しは気持ちも前向きになりそうなものですが、こうジトジトしていると、やっていられません。自分の老後の心配だけでなく、残された父のことも考えなければなりません。

親族の人たちなどは同居を持ち出しますが、以前にも書いたようにそれだけはできません。ここ(実家)には、仕事も友人も楽しめる趣味も、何一つありません。キリスト教徒の私にとっては、日曜の礼拝に行ける教会すらないのは「人生の支え」を失うくらいの大きなことです。

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親族代表に女性は含まれないの?

さて、ジトジトした記事ばかり書いても、気持ちが沈む一方なので、ふと「それってどうなの?」と思ったことを書こうと思います。

お通夜やお葬式の時、お焼香の前後に「親族の代表者」が前に出ました。宗派によって違うと思いますが、私の実家はそうでした。葬儀社の方が代表3名と言ったので、3名だったのですが……

普通に考えれば、父と弟、私だと思うのは間違っているのでしょうか?

なぜか、そこに女性は含まない事になっているようで、父と弟、一番お世話になっている叔父が代表者となりました。誰もが当たり前のような顔をしていたので、ここ(実家のある地域)ではそうなのかもしれません。

お通夜の時も、葬儀中も(いつ出たか思い出せないのですが)、その3人が親族代表として前に出てご挨拶しました。

葬儀の最後の時に、葬儀社の方が父と弟、私に向かって「ご親族の方前に出てください」と言ったので、私が出ようとしたら隣に座っていた別の叔父が、私の腕をぐいとつかんで「あんたじゃない。あんたは出んでいい」と言いました。

なんだか、ものすごく悲しかったです。
私の母の葬儀なのに、そんな風に言われるなんて、と。

代表で立った叔父は、力を尽くしてくれ、本当に感謝しています。他の親族から見れば、妻に先立たれた父、喪主を努めた弟は大変だけれど、同居していない私は「外に出た娘だから」と考えられているのかもしれません。
母が倒れた時から、父を助け、その後も喪主の弟や父を手伝い、尽力してくれた叔父なので、確かに私よりもよっぽど親族の代表としてふさわしいです。

私は、弟とお通夜や葬儀に必要なものを買いに行ったり準備をしたり、お茶を出したりの下働きで、喪主の弟に比べれば何もしていないレベルでしょう。

でも、あの言葉は、ものすごく悲しかったです。
だって、「あんたじゃない」ですよ?

葬儀社の方が、喪主の弟から私までを両手で示したので、出ようとしたのに。
おそらく、その時に父と弟と私を示したのは、葬儀の最後だったので、葬儀社の方の配慮だったと思います。

宗教上の理由や、風習なのかもしれませんが、正直、一生忘れそうにありません😅
キリスト教徒の私にはイマイチ、仏教の習慣が良く分かっていません。

しんどいけれど、しっかりしなきゃと思う

お通夜も葬儀も、最後に親族の代表が出口に立ってご挨拶しました。その時も、私は3人が参列者の前で礼をし出口に向かう時に、ささっと、彼らの後につき、一歩下がって立って挨拶しました。

母の葬儀で「親族の代表」を外された娘の、ささやかな抵抗です。
ええ、その時に「あんたは行かんでええ」と言われても行くつもりでしたが、さすがにそれはなかったです。

あぁ、今日もお腹が痛いです……。
行政の手続きや書類仕事は私が全部まとめてやっていますが、何度も何度も父が同じことを聞いてきます。母がいなくなって寂しいのでしょう。きっと気を紛らわすために色々考えたり、何かしようとしているのだと思います。

でも、私もしんどいです。

平気な顔して、母の思い出話をしながら、冷静に書類仕事をしていますが、精神的にはかなりハードです。
今、うぎゃーーー!と叫びたい気分です。

アパートに戻ったら、絶対泣くな、これ。

でも、私より父の方が悲しいはずで、同居する弟の負担も大きいはずです。
しんどくても、出来る限りの事はしなくては、と思います。

どこでもドアがあったらいいのに。

あぁ、結局、ジメジメした記事になっちゃった……。

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母のこと

Posted by Hana